「自分がいなくても、会社は回る。」
そんな当たり前の現実を、僕は育児休業を通して知った。
僕がいない間も、仕事は進んでいく。
誰かが困り果てるわけでもなく、会社はいつもどおり動いていた。
正直、悔しかった。
自分が積み重ねてきたものは、一体何だったのだろう。
そんな思いが、心のどこかにあった。
けれど、同時に分かっていた。
それこそが、会社としてあるべき姿なのだ。
誰か一人が欠けただけで立ち行かなくなる組織では、安心して休むことさえできない。
自分の代わりがいることは、決して悲しむべきことではない。
頭では理解していた。
それでも、感情はそう簡単に割り切れなかった。
代わりがいることと、価値がないことは違う。
育休から復帰して、僕は一つの答えにたどり着いた。
代わりの効かない人間になる必要はない。
ただ、「この人に任せてよかった」と思われる人間でありたい。
仕事は、誰がやっても同じ結果になることがある。
それでも、そこに至るまでの過程は違う。
相手によって態度を変えず、誰もが気兼ねなく相談できる人でいること。
任された仕事には、確かな品質で応えること。
そして、その品質を損なわない限り、できるだけ早く届けること。
特別なことではない。
むしろ、どれも当たり前のことなのかもしれない。
でも、僕は思う。
当たり前のことを、当たり前以上の熱量で続ける。
そこにこそ、仕事を任せてもらう意味が生まれるのではないだろうか。
誰かに必要とされるために、仕事を抱え込む必要はない。
自分がいなければ困る組織をつくる必要もない。
僕が目指したいのは、いなければ困る人間ではなく、いてくれたら安心できる人間なのだ。
僕が仕事を頑張る、本当の理由。
では、なぜそこまでして仕事に向き合うのか。
出世したいからだろうか。
誰かに認められたいからだろうか。
もちろん、そうした気持ちが全くないわけではない。
でも、僕の答えはもっと単純だ。
妻と子どもたちの、誇りでありたい。
ただ、それだけだ。
幼い子どもたちは、僕がどんな仕事をしているのか、まだ知らない。
どれだけ悩み、どれだけ考え、どんな思いで一日を過ごしているのかも。
それでもいい。
いつか大きくなったとき、父親がどんな人間だったのかを知ってくれたら、それでいい。
立派な肩書きなんてなくてもいい。
誰もが羨むような成功を収めなくてもいい。
ただ、目の前の仕事に誠実であり続けた。
そう胸を張って言える父親でいたい。
そして、人生を共に歩む妻にとっても、そんな夫でありたい。
胸を張って、「ただいま」と言えるように。
仕事をしていれば、報われない日もある。
努力が認められない日も、思うような結果を残せない日もある。
それでも、腐りたくはない。
誰かが見ているから頑張るのではない。
誰も見ていなくても、自分だけは知っているからだ。
今日、自分がどんな姿勢で仕事に向き合ったのかを。
会社にとって、僕の代わりはいくらでもいるのかもしれない。
それでいい。
僕がいなくても、会社は明日も動いていく。
でも、だからこそ。
今日という一日を、ただ消費するように働きたくはない。
任された仕事に、自分なりの誇りを込めたい。
完璧な人間にはなれない。
それでも、昨日より少しだけ、信頼される人間でありたい。
そして、一日の終わり。
玄関の扉を開けたとき。
そこにいる大切な家族に、心から笑って伝えたい。
「ただいま。」
たった四文字。
けれど、その四文字に恥じない一日を生きたい。
僕が仕事を頑張る理由は、それだけで十分だ。
代わりの効く仕事を、代わりの効かない熱量で。


コメント